筋トレしてますか?
筋トレ=脳筋
みたいな風潮も廃れてきたような、
いやそもそもそんな風潮なかったのか?
そしてそんな筋トレを愛し筋トレに呪われた男
testosteroneさんが執筆した
『筋トレライフバランス』
を読んでみました。その感想を書きます。
結論としては
この本は『自己啓発本』に近いです。
何か物事に熱中したい、継続したいと思っているけど
仕事や義務的なものに時間と体力を奪われてしまいなかなかできないという方向けかもしれません。
基本、筋トレをベースに書かれているんですが
どんな物事にもあてはめられるようなことが書いてあります。
例えば、『朝十時までに筋トレを終わらせておいて解放感を味わおう』的なことが書いてあります。
コレ、試験勉強とかも一緒lですよね。
僕は最近は朝十時から大学のもろもろを図書館でやっているんですが、
もし一日の勉強を朝十時までに終わらせてたら確かに解放感凄そう。
え、午後何してもいいの?ドンキ行ってもいいの?ってなりますよね。
勉強終わりが眠かったりしんどかったりで
嫌な気分になると
勉強=疲れる、しんどい のマインドになっちゃう気がするので効果的なやり方かもしれません。
他には
「眠い時は寝ろ、徹夜するな。」
「一回の怠けで、努力が水の泡になるわけない。」
あと前に仮説を立てていた
自分を褒める、ということも書いてありますね。
『目的のない行動はすべて無駄、とも捉えられる』
なるほど、これは自分に刺さりますね。
怠けるのが基本だった自分にとって行動をするということは
それだけで価値があるものだったので、目的意識は目を向けていなかったかもしれません。
なぜ、これをやっているのか。
理由を述べられることが大切なようです。コヴィーさんの目標を意識するってやつですかね。
自分がよく思うのは、『楽しいから』という理由だけでやる人。
楽しいからやるといううのは、まぁ道理としては正しいのですが
自己を満足させるために、自己完結するのはもったいないし、長続きしないのではないか、と。
やはり『自分も楽しい』、そんで『周りの人も楽しい』がベストな気がしますね。
僕がこのブログを書いている理由も
他者の人生を少しでも彩りたいから(あと鬱撲滅)、というのがありますので
今の理念と行動(ブログを書く)と周りの反応が見合っているのか、模索しなければいけないですね。
『筋トレが趣味程度なら論理的で良い、(筋トレのノウハウを)リサーチしているのも大切だがもっと自分で試すなり行動した方が良いのではないのか!?と思ってしまう』
これ論理的という言葉の使い方間違ってる気がするんですが俺だけかな
論理に頼り過ぎず、とりあえず行動してみることがtestosteroneさんの論理ということかな、たぶん。まぁ伝わりはしますね。
『レガシーこそが王道』
んー、これはどういうことでしょうか。レガシー、なんか太古の、昔の的な意味合いでしたよね、たしか。
『最先端の技術に手を伸ばしてしまう人も多い、健康サプリなどである。だが、二十年前から続いている(筋トレやダイエットの)方法があるのであったら、私はそちらを優先する。それは古臭いのではなく20年間維持され続けたということだ。』
*個人的解釈を入れて表現しています。
なるほど、巷で噂の的なやつですね。勉強でも集中力を上げる方法とかメンタリストのあの人が言ってたりしてますね。それも研究から導き出された確固たるものなんでしょうけど、やはり王道の勉強が基盤となってこそなんでしょう。
今、俺は図書館で勉強する、というメチャメチャベタなことをしてますが
このベタもまた言い換えれば王道なのかもしれません。
『つるむならポジティブ野郎!』
これは…、良いですねw
自分の周りの人間の価値観が、自分に投影されるとかは絶対あるので。
逆説的に考えると 他者を大切にしたいとき、自分の周りに良い人が集まってほしい時なんかは自分自身が良い人間に成る、切実な人間に成る、と捉えられるかもしれません
『苦しいのは成長の証!』
素晴らしい。これはホントにそう。この価値観を自分自身で見つけ出した人は一番成長するんでしょう。俺もなりたい。
まとめ
・「筋トレライフバランス」はtestosteroneさんの書籍。基本筋トレ本だが、自己啓発本のようにも見える。
・筋トレは人生の質を向上させる。
むきむき。